石上神宮から天理の駅まで、公共の交通機関はないのでタクシーか徒歩になります。
「途中でタクシーが来たら乗ればよい」
ということで歩き始めました。
歩くと街のことがよく見えてくるので、結構好きなのです。
石上神宮を1歩出ると、独特な建物が並んでいます。
天理教の建物です。

(写真はネットからお借りしました)
赤とベージュの色と格子の感じが、
日本的な情緒がない気がして、他の国に乗っ取られたような気分になりました。
車もあまり走っていないし、人も歩いていないのです。
途中で、皆さんで草刈りをしている姿が見られ、
住んでいる方もいらっしゃるのかな・・・とは思いました。
駅近くになると、さすがに歩いている方を見かけるようになりました。
学生さんに駅までの道を聞くと、とても丁寧に教えていただきました。
やさしいエネルギーで、「宗教を持っている方らしい感じ・・・」なんて思いました。
しかし、言われたとおりに駅近くに来たはずなのですが、
全貌は見えなかったのですが・・・
あまりにもすっきりしていて
「本当に天理の駅かしら?」と思い、
確認のためお店の方に伺うほどでした。

(写真はネットからお借りしました)
結局、タクシーは一台も通らず30分以上歩きになりました。
3時を回っていたのでお腹もすいており、
食事しようと思っても、食べられるところは見渡す限り1軒ぐらい…
そこにあったのは、天理教関係のお店でした。
実は・・・あまり気が乗らずに入ったのです。

(写真はネットからお借りしました)
ホテルに着いてから、天理教のことを調べてみました。
1838年(天保9年)、大和国(現在の奈良県天理市)の中山みき様(教祖)によって開かれました。
きっかけは、息子さんの病気平癒の祈祷をしている時に、
中山みき様に神(親神・天理王命)が降臨し、「神のやしろ」として啓示を受けたことから始まったとされています。
「世界中の人々が互いに助け合い、笑顔で暮らす平和な世界をつくる」
ということを根本の教えとしています。
(ネットより)
代表的な基本姿勢は以下の3つです。
- かしもの・かりもの(身体と命の捉え方) 自分の身体も命も、自分のものではなく「親神様からの借り物」であり、自由にできるのは「心」だけという考え方です。健康であることや息をしていること自体を「当たり前」ではなく感謝の対象と捉えます。
- 「手引き」と「ほこり」(災難や悩みの捉え方) 病気やトラブル、思い通りに行かない出来事が起きた時、それを「他人のせい」や「不幸」と突放すのではなく、自分の心についた癖(ほこり)に気づかせるための親心(手引き)と受け止めます。
- 陽気ぐらしへの方向転換(受け止め方の工夫) どんな状況におかれても「これも心を磨く機会だ」「ありがたい側面もある」と受け止め方を切り替え(いんねんの切り替え)、心を明るく保とうとします。
ということは、
私が学んできた世界観と同じ!と
天理教という名前に怪しげな宗教を感じていたのですが、
私の偏見だったと気づきました。
天理よろづ相談所病院は天理教以外の人にも開かれていて、
高度な医療を提供されているとか・・・
そういった事業や献金でこの地が守られていると知り感動しました。
フィンドホーンというスコットランドにあるコミュニティに2週間ぐらい訪れたことがあるのですが、
フィンドホーンは独立しているようで、少し孤立している気もしました。
年に何度かあるというイベントには
世界各国から15~20万人のひとが集まるというのです。
天理のこの地が、
今後の日本の中心になっていくのかもしれないと密かに・・・いいえ勝手に思いました。
知らないことばかりだったのですが、天理教のパワーって凄い!
世界的にも凄い!
見え方がガラッと変わりました。
